皆さん明けましておめでとうございます。

本日は「天赦日(てんしやにち)」に当たります。天赦日というのは暦の上で年に6 日しかない最高の吉日で、天が万物の罪を許すとされる幸運の日であり、この日に始めたことはすべて成功すると言われています。さらに加えて、「一粒万倍日(いちりゆうまんばいにち)」にも当たっています。これは一粒の籾(もみ)が万倍にも実り立派な稲穂になるという意味で、何事を始めるにも良い日であるとされています。皆さん今日という日に新春法会に集えたことを幸運に思い何か新しい事を始めてみる、例えばなにかの免許を取る勉強とか、話題の本を読むとかでも良いかもしれません。

では皆さん、『チーズはどこへ消えた?』という本をご存じでしようか。世界で2 8 O O万部以上売れている大ベストセラーです。簡単に内容を紹介しますと、とある迷路に二人の小人と2匹のねずみが迷い込みます。しばらく進むとそこに大量のチーズが積まれたスペースを発見しました。喜んだ皆はそのチーズを食料としながら数日を過ごすのですが、ある朝いつものようにそのスペースに行くとなんとあれだけ積まれていたチーズが一かけらも残っていません。あわてた皆はそれぞれどうしたものか考えだします。一人の小人は、「あれだけ積まれていたチーズだ。しばらくすればきっとまた誰かが運んでくるに違いない。だから僕はここで待つよ。」と。しかしもう一人の小人は「う~ん。・・・・、でももし運ばれてこなければ飢え死にするかもしれない。僕は新しいチーズを探しに行く。」と新たな道をねずみと共に進みだしました。

といった内容なのですが、皆さんはこの話を聞きどう感じましたか? 自分ならどうすべきだと思いますか?

さて、ではもうーつ。釈尊の教えにこのようなお話があります。とある田舎のさほど大きくない沼に数十羽の鴨が暮らしていました。そこは豊かというわけではありませんがなんとか生活はできていました。ところがある日、一羽の鴨が「俺はもうこんなところは嫌だ。狭いしエサも少ない。北に行けばとてつもなく広い海という水たまりがありエサも食べ放題だと聞いた。俺はそこへ行く。」と言い残して数羽の鴨を引き連れて旅立っていきました。またある鴨は「俺もこんな寒いところは嫌だ。南に行けばいつも火が焚かれて年中暖かい山があると聞いた。俺はそこへ行く。」と同じように数羽の鴨を連れて飛び立っていきました。    

・・その後その鴨たちはどうなったでしよう。海に向かった鴨たちはたどり着けたまでは良かったのですが、荒波に慣れていないため全員岩に叩きつけられて死んでしまいました。また暖かい山を目指した鴨たちは、降ってくる火山岩に打ち落されるか火山ガスを吸い込み皆死んでしまいました。結局、生き残り繁栄を続けたのは沼に残った鴨たちでした。

というお話です。いかがでしようか。

ただ、ここで私はある疑問が浮かびました。さきほどのチーズの話しでは、「じっと待つより進むべき」という印象を受けました。でも今の釈尊のお話は「よけいなことはせず今を続けなさい」という教えのように思います。なにか矛盾しているように思えませんか。

そこでもう一度よく考えてみました。するとそれぞれある教訓のようなものが浮かび上がってきました。チーズの話は、ただ前に進み新たな道を探せというだけではなく、 “全てを人に頼るのではなく、よく考えて行動せよ”というものです。いわゆる聖句“己こそ己の寄るべ”ということではないでしょうか。

また釈尊の鴨の話は、“必要以上に欲深くなっては身の破滅、今を大事にしなさい”といったものではないかと思いました。ですから矛盾しているわけではないのでしよう。

ということで、皆さんこの幸運な日に際して今年も己を律し、欲深くならぬよう気をつけながら全員でレベルUPを目指して頑張りましよう。
以上です。

2022年1月11日
関谷参与道院長

カテゴリー: 教え

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